パスタの聖書

パスタのレシピ、文化を公開。家庭料理で唯一プロの味を超えられるのがパスタ。

はじめにパスタありき〜すべての麺はパスタに通ず

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パスタ好きがこうじて家でパスタしか作らなくなった。朝昼晩と3食パスタの日もある。レパートリーは1000を超え、千の顔を持つ男と呼ばれたミル・マスカラス(プロレスラー)を凌いでしまった。イタリアが「アモーレ(愛)の国」と呼ばれるように、麺への愛、好奇心は世界一。パスタほど自分の好みと、こだわりを入魂できる麺類はない。すべての麺はパスタに通ず。

パスタへの憧憬

少年時代を過ごした90年代、まだ「パスタ」という言葉は一般的じゃなかった。当時はみんな「スパゲティ」と呼んでいた。「イタリアン」ではなく「イタメシ」だった。スパゲティといえば、ナポリタンかミートソース。初めてパスタへの憧れを抱いた『ルパン三世カリオストロの城』のパスタ戦争もミートソースだと思っていた。まずはパスタの歴史、文化を振り返ろう。

パスタとは?

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パスタ(pasta)とはイタリア語で麺類の総称。麺料理のことを全部パスタと呼ぶので、日本語にすると「麺類」。素麺、うどん、蕎麦など様々な麺の種類があるように、イタリアではそれらすべてが「パスタ」にあたる。語源はラテン語のpasta(生地、練りもの)

厳密にはパスタ用の小麦である「デュラムセモリナ」を原料にしたものを「パスタ」と呼ぶ。イタリア語で「デュラム」は小麦の種類、「セモリナ」とは粗挽き粉を指す。グルテン含有量が多く、アスリート間で横行しているグルテンフリーはパスタと呼べない。パスタへの理由なき反抗である。グルテン無くしてパスタにあらず。NOグルテン、NOパスタ。

パスタの歴史

パスタ - Wikipedia

パスタの歴史は古く、紀元前4世紀の遺跡からパスタを作る道具が出土している。古代ローマ時代のパスタは「プルス」と呼ばれ、小麦などの穀物を細かく砕き、お粥状にしたもの。ただし、茹でて食べるのではなく焼いたり揚げたりしていた。現在のような乾燥パスタが普及したのは16世紀。きっかけはナポリで飢饉に備えるために保存食が必要だったこと。だからパスタ発祥の地はナポリ近郊のグラニャーノと言われている。当時は手で掴んで食べるものだったが、18世紀後半からフォークでクルクルして食べるのが一般的になった。

パスタ(麺)の種類は500以上

日本の麺類の素麺、蕎麦、うどん、焼きそば、ラーメン等々、すべてを足してもパスタの種類には及ばない。その数なんと500種類以上。パスタには500種類以上のイケ麺がいるから自由の女神もビックリの自由度、浮気者。パスタの遊び心はピサの斜塔より傾いている。

スパゲッティとの違い

意外と知らないパスタとスパゲッティの違い。スパゲッティとは紐を意味するイタリア語「spago」が語源で、断面が円形で細長いパスタを指す。日本で「ロングパスタ」と呼ばれるものが「スパゲッティ」。日本と違い、イタリアでは太さによって呼び方を使い分けている。定義は曖昧でパスタメーカーによって異なる。マンチーニ社は1.9〜2.2mmの太さをスパゲッティと呼んでいる。

日本でスパゲッティと言えば1.6mmを指すのでイタリア人と感覚が違う。料理研究家リュウジさんは1.6mmを中太麺と呼ぶが、これは完全な細麺。けど人によって定義は違うので、個人の感覚でいい。リュウジさんバンザイ。

マカロニとの違い

マカロニ・ウエスタンでお馴染みの「マカロニ」もパスタの種類のひとつ。ペンネのような「筒状のショートパスタ」を指す。イタリアでは「マッケローニ」と呼ばれる。日本ではサラダに使われる小さいものがマカロニと思われているが、ペンネリガトーニなども筒状のショートパスタなので「マカロニ」の部類に入る。ラザニアとはどんな料理?おすすめのレシピもご紹介! | DELISH KITCHEN

ちなみに全然、麺類に見えない「ラザニア」も「平打ちパスタ」に分類されるので、立派なパスタ料理。イタリア人は細かいこと気にしない。

生パスタとは生パスタと乾燥パスタの違い〜冷凍日清もちっと生パスタ - パスタの聖書

日本には焼肉における「霜降り信仰」、野菜における「有機栽培信仰」、懐かしの「生キャラメル信仰」があるように、パスタにも「生パスタ信仰」がある。生パスタとは「乾燥せずに茹でて食べるパスタ」であり「生のまま食べるパスタ」ではない。生パスタも茹でる。生パスタのほうが格上のイメージがあるが、乾燥しない分モチモチ感があるだけで乾燥パスタより旨いわけではない。バリカタのアルデンテを好む人間には乾燥パスタのほうが旨い。生パスタは茹で時間が短いので大量にパスタを作る飲食店では重宝される。生パスタについて語り尽くすと麺が伸びるので、詳しいことは下の記事で。

トマトソースの誕生

コッポラ社のトマトソース

ナポリタンやミートソースの影響から、日本ではパスタ=トマトソースのイメージがあるが、トマトソースが普及したのは16世紀の後半から。真偽は不明だが、1554年に医者のアンドレア・マッテイオーリがトマトを使ったソースを作ったことが始まりと言われてる。17世紀には一般にトマトソースが普及した。ちなみにペペロンチーノやアラビアータなど辛いパスタの誕生は20世紀以降と言われ、意外と歴史は浅い。クリームパスタも17世紀以降と言われている。

日本でのパスタの歴史

日本にパスタが登場するのは幕末の横浜外国人居留地。なので18世紀の後半。1955年(昭和30年)にはマ・マー(当時、日本マカロニ)がマカロニを発売し、家庭に普及していった。まだ歴史の浅い日本のパスタだが、その進化は光より早い。今ではイタリア人に負けずユニークなパスタをキテレツ大百科のように開発している。将棋駒パスタ

将棋駒のパスタなど大和魂全開の日本オリジナル。打倒・藤井聡太を考えているなら将棋駒のパスタは必須である。日本のパスタ

他にも紅葉の形、雪の形、太陽の形などショートパスタにおいてはユニークな形のパスタが誕生している。まさにヴィーナスの誕生。イタリア画家ボッティチェッリに食べて欲しかった。

パスタの名前あれこれ

パスタを作るなら、イタリア語でカッコよく呼びたい。「得意料理はプッタネスカだよ」なんて言うと「コイツすげえ」となる。得意料理は「ベーコンのパスタ」だったら「あ、そう」で終わり。お気に入りの名前を見つけて実践してほしい。

○○風パスタ

カルボナーラ,パスタ

パスタで最も多いのが「〇〇風」。イタリア語で「alla」が〇〇風にあたり、「スパゲティ・アッラ・カルボナーラ」と呼ばれる。〇〇風とつく由来には歴史と文化が密接しているので、パスタを理解するのに最適である。

カルボナーラ(炭焼き職人風)カルボナーラ〜パスタ界のアイドル、職人のスパゲティ - パスタ ...

最も人気のあるパスタが「カルボナーラ」。カルボナーラ(Carbonara)は「炭焼き職人」の意味。黒胡椒が炭焼きに見えるという説が有力。「spaghetti alla carbonara」で「炭焼き職人風のパスタ」になる。実際のカルボナーラは「豚骨ラーメン」なので、ぜひ誤解を解いてほしい。

アラビアータ(怒りん坊風)アラビアータ,ペンネ

アラビアータはイタリア語で「怒りん坊」。「怒り」という意味の「arrabiato」に「○○風」の「all’」をつけて「all’arrabiata」。発音するとアッラッビアータになる。「怒りん坊風」の由来は、辛さで怒ったように顔が赤くなることから名付けられた。

ペスカトーレ(漁師風)ペスカトーレ,パスタ

ペスカトーレはコンビニやスーパーの冷凍食品でも見かけるメジャーなパスタのひとつ。ただし、名前の意味を知っている人は少ない。ペスカトーレ(pescatore)はイタリア語で「漁師」であり、料理名ではない。「ペスカトーレください」と言っても「なに言ってんのコイツ?」となるので注意。現地で漁師風パスタを指すものは「ペスカトーラ」。発祥したのはペスカトーレ島。ペスカトーレは島の漁師さんたちが売れ残りや雑魚、魚のアラをトマトソースに入れて煮込んだことで誕生した。

プッタネスカ(娼婦風)プッタネスカ,フジッリ

日本ではパスタ好きしか知らないが、プッタネスカは5本の指に入る大好きなパスタ。プッタネスカ(Puttanesca)は「娼婦風のパスタ」の意味。小林幸司シェフ曰く、古語では「得体の知れない」という意味もある。娼婦風の由来は「娼婦が客に出したから」「娼婦が休憩の合間にチャチャっと作って食べたから」などが有力。他にも「娼婦のような刺激があるパスタ」の説があるエロ旨いパスタ。

暗殺者のパスタ暗殺者のパスタ(本家・トマトペースト)

2023年に日本に知れ渡ったのが「暗殺者のパスタ」。イタリア語で「Spaghetti all'Assassina」なので、暗殺者風のパスタが正式名称。見た目が血の色に見えることから名付けられた説や、1960年代に暗殺者のパスタをレストランで食べた観客が、あまりの辛さ(美味しさ)にオーナーに「お前は暗殺者だ!」と言った説もある。

地名パスタ

ナポリタン,パスタ

〇〇風の次に多いのが地名型。日本発祥のパスタである「ナポリタン」もナポリの地名から来ている。

ボロネーゼボロネーゼ,ミートソース,パスタ

ボロネーゼは、日本では「ミートソース」のほうが有名。正式名称は「ラグー・アッラ・ボロニェーゼ(ragu alla bolognese)」で、イタリアのボローニャ発祥だから名付けられた。煮込み料理で時間はかかるが、その美味しさは英雄を魅了する。

アマトリチャーナローマ伝統アマトリチャーナ

アマトリチャーナはトマトパスタの原点。アマトリチャーナの名前はローマの北東約100kmに位置する山間の町「アマトリーチェ」が由来。ローマ方言ではマトリチャーナ(matriciana)と呼ばれる。発祥地とされるアマトリーチェでは、毎年8月の土日に、アマトリチャーナを振る舞うフェスティバルを開催している。

食材パスタ

ペペロンチーノ,オクラパスタ

続いて有名なのは食材を名前にしたパスタ。ボンゴレ(アサリ)などが有名だ。

ペペロンチーノ(唐辛子)アーリオ・オーリオ・ペペロンチーノ

カルボナーラと並んで有名なパスタがペペロンチーノ。正式には「アーリオ・オーリオ・エ・ペペロンチーノ」。イタリア語でアーリオ (aglio) はニンニク、オーリオ (olio) は油(オリーブオイル)、ペペロンチーノ (peperoncino) が唐辛子の意味。イタリアではペペロンチーノのことを別名「Pasta di disperato(パスタ ディ ディスペラート)」と呼ぶ。「絶望のパスタ」という意味で、元々はボンゴレビアンコのアサリを買えないほど貧しく、仕方なしにアサリを抜いて作ったことに由来している。実は具材がないペペロンチーノのほうが後輩に当たるからパスタ文化は面白い。

カチョ・エ・ペペ(チーズと胡椒)カチョエペペ

シンプルな材料を和えるだけで究極の味が完成するのがパスタ。その代表がカチョエペペ。カチョ(cacio)はチーズ、ペペ(pepe)は胡椒、エは英語の&。日本語に訳すと「チーズと胡椒のパスタ」になる。弟が新婚旅行でイタリアに行ったとき、最も美味しかったパスタがカチョエペペだと言っていた。

色のパスタf:id:balladlee:20230126232951j:image

パスタは見た目の美しさが命。カラフルな色を名前にしたものもある。

・ロッソ:赤(トマトソース)
・ビアンコorビアンカ:白(クリームソース)
・ヴェルデ:緑(バジルやイタリアンパセリ
・ネーロ:黒(イカ墨のソース)

サルサ・ヴェルデ(Salsa Verde)は「緑のソース」、イカ墨パスタは現地では「ネーロ・スパゲッティ」と呼ばれる。

パスタの家庭料理がプロを超えられる理由アラビアータ

いよいよメインイベント。あらゆる家庭料理の中でプロの味を超えられるのがパスタ。「おふくろの味」といった情緒的ボディブローではなく、口に入れた瞬間アッパーカットのように飲食店より美味いと実感できる。上の写真は新宿のアパートで作った「アラビアータ」。ミシュランの星つきレストランでも食べたが、それより美味い。もちろん食材や技術の錬磨、プロへのリスペクトを忘れてはいけない。あくまで「自分で作って自分で食べた場合」の話。だからこそ「家庭のパスタがプロを超えられる5つの理由を一緒に見ていこう。

  • プロと遜色ない食材がそろう
  • 1人前で作ったほうがキレが出る
  • プロセスが最も楽しい料理
  • 味を好みに調整しやすい
  • 文化も旨味調理料

プロと遜色ない食材がそろう

オリーブオイル,ロレンツォ寿司のネタである魚、焼肉やステーキで使われる高級和牛、鮑やフカヒレなど家庭では買えない高級食材と違い、パスタの食材はプロと家庭で遜色ない。主役である麺は手打ちや生パスタをのぞいて、多くの飲食店で使うのは乾麺。プロ用の乾麺があるわけではなく、ミシュランの三つ星レストランで使われるマンチーニやダルクオーレ、マルテッリ、ガロファロなどは通販、バリラやディチェコは近所のスーパーでも買える。麺を茹でる塩はヒマラヤの岩塩やシチリアの海塩、ましてや藻塩ではなく、伯方の塩でいい。塩にこだわるのは最後に上から振りかけるものだけ。100℃以上のお湯に溶かせば旨味はそこまで変わらない。参宮橋のイタリアン『レガーロ』は伯方の塩で茹でている。

パスタで重要なオリーブオイルも飲食店と同じものが通販で買える。トマトソースもスーパーで買えるし、生クリームも飲食店と同じ。そして味の素やコンソメなどの旨味調味料を使ったほうが美味しいパスタもあるのに、飲食店で使う所は少ない。外国人はまだしも、出汁を尊ぶ日本人には旨味調味料を使ったほうが美味しく感じられる場合もある。ポリシーにこだわって調味料を使わず、食材の味だけで勝負する飲食店より、自由奔放な家庭料理のほうが美味しくなるのである。

1人前で作ったほうがキレが出る

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お米や鍋は一度に大量に調理したほうが旨味がマシマシになるが、不思議とパスタは1人前だけで作ったほうが美味しい。「キレがある」と表現するのが正確だろう。複数人のパスタを一度に作ろうとすると、イメージした旨味が少しボヤけてしまう。プロレスのバトルロイヤルより、シングルマッチが一番面白いのと同じ。飲食店はどうしても複数人分を一気に作るので、パスタの沼に堕ちてしまう。その点、家庭料理は1対1の真剣勝負ができる。

タコのカレッティエラ

イタリアの有名レストランを食べ歩いた小倉知巳シェフが宿泊場所のキッチンでチャチャっと作ったタコのカレッティエラを「イタリアに来てから一番美味しい料理」とポロリするが、これが本音であり真実。

プロセスが最も楽しい料理

寿司の握りや魚の解体は別にして、日本料理はプロセスが地味である。そこに美しさがあるのだが、自分で作って自分で食べる分にはパスタのようなアクロバティックなほうが向いている。チャーハンを作るとき火力を最大にして中華鍋を振ると気持ちいいように、パスタの鍋ふりやチーズ削り、オリーブオイルの回しかけなどはアトラクションを楽しむ感覚に似ている。味、美味しさとは錯覚である。どんな高級料理も汚いアパートの一室で食べたら味が半減する。雰囲気も調味料なのだ。芸能人格付けチェックを見てわかるように、我々は舌ではなく、脳で料理を食べている。逆を言うとアクロバティックに料理することで楽しさが加わり、それが美味しさに翻訳される。自分で育てた野菜が美味く感じられるのと同じ。料理はいかに楽しめるか。自分を騙せるか。ピカソが描いたといえば落書きでも名画に思えてしまう。パスタは自分を魔法にかけやすい。I Put a Spell on You。

味を好みに調整しやすい

料理はカーリング。味付け過多でも薄氷でもいけない。自分の好みのど真ん中に到達させられるか。その点、パスタは調理工程がシンプルであるが故に、自分で味を調整しやすい。下味は塩加減、あとはソースや調味料の量を調整するだけで、サウナより味が整う。もちろん寿司のように、魚、ご飯を握るだけでプロの技量は出る。パスタもシンプルであるが故に、手際の良さや材料カットの正確さによって味は変化する。しかし、パスタは包容力が偉大。素人が作った雑さえもムラの美学に変えてしまう。パスタにはニュー・シネマ・パラダイスのような郷愁がある、愛情がある、未来がある。だからこそパスタに関しては良い調味料を使ってほしい。

文化も旨味調理料

飲食店のコース料理は高い金額を取るので贅沢な食材を使う。家庭にはない珍しい食材を使う。素晴らしいサービス精神だが、パスタは文化も旨味調味料。例えばグリーチャはグアンチャーレとペコリーノチーズを物々交換して生まれたパスタ。シンプルに再現したほうが歴史という旨味が加わる。贅沢に装飾するより美味しい文化を反映させたほうが美味しい。スープパスタも同じ。店で出す彩り豊かなものよりマンマの味を再現したほうが美味しい。

スープパスタ

味付けは塩とチーズだけ。店では出さない。でも、これが一番おいしい。パスタの七不思議。

御託は並べきった。論より証拠。これから至幸のパスタを紹介していこう。迷わず作れ、作ればわかるさ。お楽しみはこれからだ。最後までご覧いただき、あリガトーニ